旅の準備をしよう。(2/2)

著:源 純夏

シドニーオリンピック競泳銅メダリスト
ライフセーバー
NSPライダー
ファンライド徳島チーフインストラクター
https://www.instagram.com/sumika_minamoto
http://funride-tokushima.com/

日の出とともに海へ。まずはビーチクリーンが身に染み付いている。ビーチクリーンは環境保全のためでもあるが、選手や関係者そして自分たちも怪我をしないためにという意味もあり、とても重要な活動である。その後自分たちの役目が終わるまで現場に張り付くことになるのだが、当たり前のことではあるが大体の現場が砂浜や水気の多い場所だ。こんな時も防水バッグであれば安心して置いておくことができる。

東京オリンピックパラリンピックのトライアスロン競技でも仲間のライフセーバーの姿を大勢見ることができた。前述の通りトライアスロンのスイムパートでのライフセーバーの役割は選手が安心して全力を尽くせるように見守り、トラブルには迅速に対応することがだ、オリンピック選手だったら大丈夫でしょ?見守りとかいらないし、トラブルなんで起こらないでしょ?と想像する方は多いと思われる。それは違うと大声で言いたい。私も種目は違えど競泳で1996年アトランタ、2000年シドニーの2大会連続オリンピック出場をした選手だ。オリンピック選手と言っても人間としての構造は人類皆一緒。不意に水を飲めば苦しいし、突然足を攣ることだってある。ましてやオリンピックという大舞台に通常とは違う精神状態であることは明らかで、選手たちにとってもライフセーバーがいてくれるから安心して頑張れる。そんな必要不可欠な存在であるライフセーバーだがトラブルや事故が起こらなければその存在は薄く感じられることがある。「ライフセーバーいたの?」「ライフセーバーなんて何もすることないじゃん」と揶揄されることもしばしばだけど、トラブルも事故も何も起こらなかったということは私たちの勲章だ。ライフセーバーがいるけど、ライフセーバーが活躍する大会ではないことは良いことなのだ。

トライアスロン中島大会も最終泳者を無事に送り出せばそこで業務終了。海水に浸かった器材たちを水で洗い、自分たちもシャワーを浴びてびしょびしょのユニフォーム等をドライバッグに詰め、一息つこうかとお弁当箱に手を伸ばす頃に先頭の選手がゴールテープを切る。(私たちの片付けている時間)=(バイク40kmラン10km)ということだ。お弁当を広げながらその日の振り返りをしていると選手たちがどんどんと帰ってくる。誰もが濃い疲労を隠せないものの充実した笑顔だ。その笑顔を眺めることが私たちライフセーバーにとって充実感を与えてくれて何よりのご褒美にもなる。中には「ありがとう」と声をかけて下さる選手もいる。黒子である私たちだけれどもやはり直接感謝を伝えてもらえるのはたまらなく嬉しい。

そうこうしているうちに帰りのフェリーの時間が近づく。四国と島を繋ぐ定期航路の小さなフェリーだから終わった人から順に帰りの旅が始まる。とはいえ、まだレース中の選手も大勢いて、最後のランでゴールに向かう選手の横を逆走するように車でフェリー乗り場に向かう。窓を開けて声援を送るとレースも終盤で苦しいのに手をあげて答えてくれる。こちらの方が勇気をもらっているみたいだ。帰りのフェリーでは警察の白バイ隊の皆さんと一緒になることがある。立場が違えど大会を支え、事故もなく安堵という達成感を共有できる仲間だと勝手に思っている。

小一時間の船旅を楽しみ四国に戻ってきたら来た時と同じように自宅までの四国を端から端までを縦断する約3時間の車の旅が続く。旅の帰り道は少し寂しくて、この旅をどうにか終わらせないように少しでも長く旅を楽しんでいられるように寄り道に心を奪われる。しかし無事に旅を終えて家族のもとに帰り、また次の新しい旅の準備に掛かるのも捨てがたい。自宅に戻り、荷解きをしていると全く使わなかったTシャツが出てくる。足りないよりはいい。大は小を兼ねるだ。防水バッグから濡れ物を取り出す。バッグの底にはたっぷりの水と砂。これも旅のお土産だ。

さあ、次の旅の準備をしよう。